「炊き出し」ボランティアも28日の夜で8回目を迎えました。
この日のメニューはいつものおにぎりと肉じゃがです。三条河原町での宣伝から戻り、急いで作りました。

この日の聞き取りでは、「以前は建築の仕事をしていた。寮費が1日3000円、月にしたら9万円取られる。どんどん仕事が減っていき、やむなくその仕事を辞めて、寮を出た。今は求職しながら京都市の施設に泊まっているが、明後日にはその施設も出なあかん。どうしたらいいか・・・」との相談も。生活保護のことも話し、参加していた日本共産党市会議員の河合さんに引き継ぎました。
また、20歳台と思われる青年がはじっこ方でうずくまっていました。ボストンバックが2つ、足を見ると、ビニールのサンダルでした。話しかけてもうつむいたまま。一言も話せませんでした。 もうすでにおにぎり・肉じゃががなかったので、とりあえず温かい飲み物とパンを置いてその場から離れました。少し後、青年の姿とともに飲み物・パンが消えていました。
今、国会は「西松建設違法献金」をめぐり、自民・民主双方が脛に傷を持ち、「政局優先」になっています。疑惑の解明はもちろんのことですが、目の前で起きている“国民の危機”に政治もしっかりと対応してもらわんと!、そんな思いを新たにしました。
民青同盟京都府委員会も加わる京都青学連と京都総評青年部、青年弁護士のみなさんとで土曜日の夜三条河原町で「雇用、営業、くらしを守れ!」と大宣伝に取りくみました。

私たち民青は、今取りくんでいる「非正規切り」ストップ署名を集めました。なんと、一時間足らずで140筆を超える署名が集まりました。学生や正規で働く人たちも、「人ごととは思えない」「次は自分になるかも・・・」「定額給付金のようなおかしな税金の使い方ではなく、それこそ雇用対策にお金を使ってもらいたい」との反応がありました。
アンケートにもこたえてくれた男性の方は「4月で自分も切られる。どうしたらいいか?」と。弁護士の方を呼んで、その場で労働相談がはじまりました。
この宣伝には、働き方や団体の枠を超えて40人の青年が参加しました。また、大勢でにぎやかな宣伝をしたいですね。
3月7日日本共産党の志位和夫が京都に来ます。
働き方も就職も大変!高い学費なんとかならへんの!こんな政治もう変えてほしい!いま、 多くの青年・学生が、先が見えない、展望がもてない社会で苦しんでいます。この苦しみのおおもとに何があるのか。どうしたら展望が開けるのか。日本共産党の志位和夫委員長がお話しします。
誰でも参加可能です。ぜひ一度日本共産党の志位委員長のお話しお聞きください。
■3月7日(土)16:30~ 場所:シルクホール 入場:無料
民青同盟・かえるネットが、毎週土曜日夜22時~京都駅でおこなっている炊き出しボランティアに、問い合わせや物資のカンパが相次いでいます。
前回は25人もの青年・学生が参加しました。初めての参加者が多く「お腹を減らして困っている人を目の当りにしてショックだった」「自分たちの作ってきたものを、「ありがとう。助かった」と受け取ってもらえて嬉しかったけど、このような状態にならなければいけない社会への矛盾も感じ、言葉にできないくらい複雑な思いになった」と感想を述べる学生もいました。
ボランティア行動はこれまで5回おこなっていますが、毎週のように新しい人たちに出会います。その場ですぐに生活相談の約束をし、月曜日に区役所に生活保護の申請に一緒にいくなどの支援もしています。
引き続き3月も毎週おこなっていきます。多くの方の参加お待ちしています。
3月1日、アメリカの経済や社会について研究されている河音琢郎先生(和歌山大学教授)を講師に、学習交流会をおこないました。
当日は「アメリカと日本の関係がこれからどうなるか知りたい」「CHANGEというけど、何がどうかわるのかわからないので知りたい」など、 学生や青年など25人が参加しました。
河音先生は、①アメリカ初の黒人大統領選出ということの意味、②アメリカの軍事・外交政策上の意義、③経済政策上の意味、の3つの論点から講演をしてくれました。
特に、①の部分がいちばんCHABGEしたことだと述べられ、アメリカの人種差別の歴史から詳しく方向されました。しかし、外交の問題や日米関係の問題でいうと、やはりアメリカ社会の構造が軍を中心としたものになっていて、その構造がある限りオバマ大統領になっても軍事中心の外交を変えていくことは無理であり、そこを変えていくには、世界の声と行動でアメリカを包囲していくことではないかと述べられました。
講義を聴いたあと、「アメリカと日本の経済関係はどうなるのか」「これまで知らない観点から考えられた」など、参加者同士で意見や感想を交流しあい深めました。
21日、定例となっている京都駅での土曜日「炊き出し」ボランティアに、総勢6名で取りくみました。
この日 は、「派遣切り」にあったという40、50代の男性2人と話しを聞かせて貰いました。
「姫路で『派遣切り』にあった。駅で夜露をしのいでいたが、ここでは仕事が見つからないと思い、3日前に京都に来ました。住むところがなく、住所がはっきりしないので仕事も見つからない。自分は働きたいのに・・・」。
成宮まり子党国政委員長・党下京区生活相談所長が「私たちがサポートします!」と、本日男性2人と区役所へ支援を求めに行くことになりました。
参加者は、「スタートして4回目になるが、段々人が増えてきている」「毎回『派遣切り』にあった方達と出会う。ほんまにどないなってるんや!」と、横暴勝手な大企業、それを止めることをしない政府への怒りをあらわにしていました。
18日、民青京都府委員会は下京区にあるハローワーク前で、「『派遣切りストップ』安定した雇用を求める緊急署名」を求める雇用宣伝をおこないました。
クビを切られたという男性や、通りすがりの女性、青年などが足を止め、1時間で30筆の署名が集まり、アンケートでも深刻な実態が寄せられました。
署名にこたえてくれた20代の男性は、「仕事が減ってクビを切られた。今日は仕事を探しにきたけどなかなかありません」とこたえてくれました。また「三重の日立金属で住み込みで働いていたが、1月にクビを切られ仕事を求めて京都に来た。いま、住むところがなく保護所に入りながら仕事を探しているが、なかなか決まらない。仕事を増やしてほしい」という男性や、「神戸でサントリーの事務で正社員で働いていたが首を切られた。周りでも50人くらいが解雇にあった。神戸のハローワークで仕事がなく、京都まで仕事を探しに来た」など、若い人から40・50代の方などから深刻な実態が寄せられました。
民青の各地区・協議会、京都府委員会としても、年度末に向けた緊急署名1000筆を目指して引き続き宣伝行動をおこないます。

2月8日、民青府委員会は国への「非正規切りストップ。安定した雇用を求める」請願署名と、実態アンケート運動を開始しました。
年度末となる3月末に向け、引き続き大量の職を失う人達が溢れることが予想されています。これ以上の首切りを許すなというこの請願署名を、全府で3月末までに、100ヶ所宣伝、1000筆を目標に集めます。
三条河原町でおこなったスタート宣伝では、学生や青年、年配の方とも次々対話に。「障害者施設で働いているが、自分より若い人がいない。入っても安い給料としんんどい仕事で次々に辞めていく。このような取り組みをしてくれてあるがとう。」「自分の知り合いも派遣切りにあった。」年配の方は「企業の今の首切りは本当に問題だと思う。企業は人を大事にしないといけない。若い人たちががんばっていてうれしい」と励ましの言葉をくれました。
世代を超えた大きな関心事になってることを実感しました。引き続き、各地で宣伝・対話に取りくんで、「首切り許すな」「大企業は社会的責任を果たせ」この世論を大きく広げていきましょう
派遣切り・雇い止めなど、大企業による首切りが横行しています。京都でも「首を切られ住むところを失った・・・」などの相談があちこちで聞かれれいます。
私たちも何かできることをしてみようと、先日京都駅周辺の路上生活者へ、おにぎり、おしるこ、カイロなど持ち寄って、差し入れしながら声をかけていきました。
「難波から自転車で1週間かけて京都まできたけど、京都も仕事ないよねぇ。もっと西へ行こうと思っている」(60代位男性)「仕事がなくて、最近食べていない。毛布や温かいものがほしい」(60代位男性)
なかには、「大阪のパナソニックで派遣で働いていたが、1ヶ月前にクビを切られて寮も追い出された。実家は北海道で、青森の知り合いのところに行こうと思っている」という20代位の男性もいました。 荷物はショルダーバック一つ。青森までどうやって行くかは聞けませんでした・・・。。
ボランティアには、民青のメンバー10人も参加。「一人では声をかけにくいけど、こうやってみんなで行くと、相手の人とも色々話しを聞けた」「おにぎりがすごく喜ばれた」など、感想を交流。このような実態に目をつむらず、引き続き自分たちにできることをやっていこうと、ボランティアの輪を広げて支援活動をすすめて行きます。
■2月11日(水)11:00~、「なんでも連帯ひろば」が 、九条診療所・川端診療所でおこなわれます。
非正規・派遣の相談、住居・生活・健康・労働・雇用の相談、炊き出し、衣類提供など、様々な支援活動の場です。ボランティアも大募集。ぜひご参加ください。
9月13~14日、「松代大本営」「無言館」「いわさきちひろ美術館」を巡って、自分の目で見て肌で感じる戦争と平和を考えるツアーをおこない、地域のメンバーや学生など10人が参加しました。
松代大本では現地のガイドさんが案内してくれ、「あのころの軍隊は天皇を守るための軍隊=皇軍であって、国民の為の軍隊ではなかった」「松代が完成するまでの時間稼ぎに沖縄戦は降伏することを許されなかった」 と、松代大本営が、広島・長崎・沖縄とは違う加害の日本を考えるうえでも、歴史的に大変重要な意味をもつところであると話してくれました。
「無言館」「いわさきちひろ美術館」では、そこに込められた作者の思いや生き様に共感し、涙しながらも、芸術という力の大きさを実感し、励まされました。
参加したメンバーは、「無言館でみた絵は、どれもとても優しい絵だった。あの優しい絵を描いていた画学生が、筆を鉄砲に持ち替えなければいけなかったなんて・・・。」
「絶対的な天皇がいて、戦争に行きたくないと口に出せない ような環境で、絵を描くことがどれほど困難だったか。それでも死ぬまで描いて、残されたその絵を守り続けた家族の悔しさを思うと涙が出た」
「自分がいかに、戦争に対して知らないこと、知ろうとしていなかったことことに気付けた。加害者としての日本、全てを知っている気になっていた私にとって 貴重な経験だった。もっと学びたい」
京都に帰って自分たちに何ができるのか、これからどんなことをしていきたいか、夜のロッジで、帰りのバスの中で大いに交流しました。現地長野の民青のメンバーとも交流でき、おいしい空気、おいしいご飯も頂いて、とても充実したものになりました。